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京町屋の妖怪ハウス

京町屋の妖怪ハウス

RNface:入り口側の看板にはこう書かれている

RNface 京都下京の忠太ワールドP3150221

この建物は、明治28年(1895)4月に設立された真宗信徒生命保険株式会社の社屋として、明治45年に東京帝国大学教授伊東忠太の設計、竹中工務店の施工により建築されたものである。当初は「本館」のほか「付属室」、「倉庫」の2棟。「物置、人力車置場、便所」、「屋根付伝ひ廊下」が建っていたが、現在は「本館」のみが残る。

伊東忠太は明治41年、日本建築もこれからは石材・鉄によらねばならず、しかもその建築様式は欧化でも和洋折衷でもなく、木造の伝統を進化させることにより生み出さなければいけない、という「建築進化論」を提唱し、日本の建築界に大きな影響を与えた。

建物はこの「建築進化論」の考え方を明確に表現した作品で、外観は古典様式に基づくものの、開口部まわりや軒まわり、塔屋の形態などにサラセン様式、日本の伝統的な様式が用いられており、日本の近代建築の発展を知るうえで貴重なものである。

昭和63年5月2日指定 京都市

「べ形」の霊獣P3150224

「イ形」の伝道院霊獣P3150225

通常仁王様にしても狛犬でも、阿吽の呼吸の「阿」形(口をあいた・あぎょう)と「吽」(口をぎゅっと結んだ・うんぎょう)が対になるのだが、さすが伊東忠太、ベロを出した「べ形(べぎょう)」とイーっと、歯をむきだした「い形(いぎょう)」になっている。

2014/10/09(木) 21:34:53|PHOTOダイアリー|

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