平成27年 雨の黒川燃水祭
平成27年 雨の黒川燃水祭
平成27年7月1日(水) 午前10時30分、新潟県胎内市下館のシンクルトン記念公園で、『越の国黒川臭水遺跡保存会』が主催する「黒川燃水祭」が開催された。
雨の中、スタンバイ中のNHKテレビカメラマン。地元メディアは晴れていても長靴だ。
胎内市によると、
新潟県を含む北陸地方が「コシ(越)」と呼ばれていたころ、日本書紀、第38代天智天皇7年(西暦668年)の記録に「越の国より燃ゆる土(アスファルト)、燃ゆる水(原油)とを献る」という日本最古の原油献上の記述があり、胎内市黒川地区(旧黒川村)の塩谷・下館はこの献上地といわれ、黒川の地名も黒い川の流れるほどに原油が湧き出たことからついたと伝えられている。新潟県内の石油産出地は、黒川、新津、東山丘陵、西山丘陵、頚城地方などが知られており、石油の古名である「くそうず(草水、臭水)」の地名が各地に見られる。しかし、一般にはこうした歴史が知られていないのが現状。
という。
黒川燃水祭は、『越の国黒川臭水遺跡保存会』が、昭和62年から続けてきた。1,300余年前の故事に則り、毎年、天智天皇を祀る滋賀県大津市の近江神宮に献上する燃水を採油している。
燃水祭には天智天皇を祀る滋賀県の近江神宮から神官をはじめ石油開発業界、石油販売業界の代表が毎年参列するとともに、地元小学校児童も郷土史の勉強を兼ねて見学している。
当日は雨の中、白装束を身にまとった保存会メンバーが当時の採油方法や献上風景を再現して、「燃える土」と「燃える水」を担って黒川支社まで行列した。
平成27年 黒川燃水祭 タイムライン
採油の儀:カグマで採油し、絞り、樽に移す。
清砂の儀
地元小学生の質問に、石油関係者達が解り易く答える。
献上行列
一昨年から献上行列の出発地点は小学生たちの前になった。
甕に入った燃える水と(石油)と唐櫃に入った燃える土(アスファルト)が、小堀鞆音の絵の形で担われている。
直会(なおらい)
写真手前左は「越の国黒川臭水(くそうず)遺跡保存会」布川陽一会長。右手は防水業界関係者として参列した茂興業(株)の高橋英樹社長。
防水関係からは、2012年以降JWHA日本防水の歴史研究会森田喜晴事務局長が参加し、胎内市、教育委員会、石油関係者らと意見交換を行って来た。今回初めて防水業界から、地元・越の国の防水工事店の高橋英樹氏が参加した。茂興業は新潟県防水工事業協同組合の理事長会社であり、高橋さんは全国防水工事業協会北陸支部の副支部長を務めている。
2015/07/06(月) 00:25:34|「日本書紀と瀝青」|