「今の防水業界がこれでいいのか」「いい仕事をすること、社会的貢献をすることと、防水工事で利益をあげることは両立すべきだ」と考えるあなたに!

「銅屋根クロニクル」

「銅屋根クロニクル」

「銅屋根クロニクル」連載が始まりました

社団法人日本金属屋根協会の「銅屋根クロニクル」

画像の説明
多賀大社太鼓橋

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社団法人日本金属屋根協会が毎月発行する機関誌「施工と管理」の2月号から、銅板や銅屋根をめぐる話題の連載「銅屋根クロニクル」が始まりました。この企画は日本の重要な近代建築や寺社建築とその銅屋根を紹介し、板金職人の技と心意気を伝えようというものです。

第1回はルーフネット編集長による、正倉院改修工事。昨年9月に行われた工事現場公開の報告、「瓦を下した正倉院正倉」です。

1200年以上前に東大寺の宝物殿として創建された正倉院。本来正倉院とは寺の宝物を保存する倉庫という意味でした。だからあちこちに正倉院があり ました。ところが1000年を超える年月の間にほとんどが焼けたり、壊されたり、朽ち果てました。結局東大寺の正倉院だけが残ったというわけです。

その正倉院は瓦葺ですから銅板葺の出番はないはず。ところが100年ぶりの大改修で、瓦がすべて下されると、あちこちに銅板が見えます。どうして? その答えが、「施工と管理 2013年2月号P2-7」に掲載されています。この記事は同協会のホームページで読む事ができます。

2回目以降は、日本の重要な近代建築や寺社建築の銅屋根を写真で紹介してゆきます。
金属屋根協会のホームページは、http://www.kinzoku-yane.or.jp/

金属屋根ホムペR2130468文字
トップページ左下の「銅屋根クロニクル」をクリックしてください。

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2013/04/03(水)00:10:50|屋根|

銅屋根クロニクル 2回目は大阪城の屋根

城のイメージカラーは緑青色
(社)日本金属屋根協会機関誌連載2回目は大阪城

銅クロ2表紙

「大阪城は正面からより、裏側にあたる府庁前から見たほうが美しい」と、ルーフネット編集長は思います。それは屋根の面積が大きいこと、そしてその屋根材が銅板であることが理由の一つ。見事な緑青が屋根を覆っています。

大阪城は昭和6年、大阪市民の募金で復元されました。瓦の表情を再現するため、銅瓦は瓦と同じ段差を作りました。これほどの大面積で施工したのはもちろん日本初。銅板屋金箔の厚みも特注です。使った銅瓦は5万5千枚。

㈳日本金属屋根協会機関誌連載「施工と管理」2013年4月号に、「銅屋根クロニクル」2回目、「大阪城天守閣の屋根」が掲載されました。

因に第1回は「【新掲載】銅屋根クロニクルNo.1 すべての瓦を下ろした正倉院正倉」http://www.kinzoku-yane.or.jp/でご覧ください。

2013/05/06(月) 00:57:47|屋根|

屋根クロニクル 3回目は築地本願寺の屋根

築地本願寺の銅板屋根

築地本願寺

(一社)日本金属屋根協会機関誌 5月号の「銅屋根クロニクル3」は、築地本願寺でした。この屋根が緑青色でなければ、随分印象は違いますね。

銅クロ3築地本願寺
屋根と樋について書いています。

2013/06/19(水) 09:25:23|屋根|

「施工と管理」 銅屋根クロニクル -4-

(一社)日本金属屋根協会機関誌「施工と管理」6月号の「銅屋根クロニクル」4回目は大阪の中之島公会堂

施工と管理6月号

一般社団法人 日本金属屋根協会の機関誌「施工と管理」に今年2月号から、「銅屋根クロニクル」として銅版屋根の記事を連載させていただいています。7月号(ニコライ堂)は間もなく発行されます。発行済みの最新記事「中之島公会堂(大坂)」を紹介します。

銅屋根クロニクル 4 中之島中央公会堂(大阪)

「施工と管理」2013年6月号より

中之島公会堂夜景

大阪市中央公会堂は1911(明治44)年に大阪・北浜の株仲買人だった岩本栄之助氏から公会堂のために寄付された100万円をもとに建設された。大正7年に完成したネオ・ルネッサンス様式の建築で、大阪城と並んで大阪を代表するシンボル的存在である。

赤れんがの外壁や丸みを帯びた屋根や柱など、壮麗で優美なデザインに特徴があり、隣には日本銀行、中央図書館の美しい建物が並ぶ。この一角を川から見上げれば、まるでパリのシテ島かサンルイ島の街並みだ

中之島公会堂

中之島ドーム、スレート

1988(昭和63)年に永久保存が決定され1999年春から3年半の保存・復元工事が終わり、2002(平成14)年12月26日に国の重要文化財に指定された。

平面規模は、間口43.6メートル、奥行き61.8メートルで、建築面積2164.17平方メートル、鉄骨煉瓦造、地上3階、地下1階建。耐震性能強化のため基礎下の新たな構造体と上部構造の補強によって免震レトロフィットを実施。

翡翠

外壁には花崗岩、屋根は銅版葺きで一部を天然スレート葺き。側面と四隅に屋根窓を配している。銅版屋根はライトアップで翡翠のような輝きを見せる。

中之島スレートと銅版

銅スレート石、れんが

コンペで選ばれた岡田信一郎の設計原案をもとにして辰野金吾や片岡安らが関わって設計された。

屋根の緑青銅板は板厚0.4㎜で、瓦棒葺/平葺。

屋根の上の二人

正面。屋根のアーチのてっぺんに座るカップルは誰でしょう?記者は初め「海幸彦。山幸彦」か、と思ったのですが…。
保存再生工事の際復元された科学・工芸・平和を象徴する女神「ミネルヴァ」と商業の神「メルクリウス」だそうです。

2013/07/20(土) 12:33:41|屋根|

「施工と管理」 銅屋根クロニクル -5-

(一社)日本金属屋根協会機関誌「施工と管理」7月号の銅屋根クロニクル
5回目は御茶ノ水のクラゲ 

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一般社団法人 日本金属屋根協会の機関誌「施工と管理」に今年2月号から、「銅屋根クロニクル」として銅版屋根の記事を連載させていただいています。7月号はニコライ堂です。

銅屋根クロニクル 5 日本ハリストス正教会教団復活大聖堂(東京)

施工と管理」2013年7・8月号より

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ドーマーとの取り合いはレースのフリンジのようだ。金属でできているとは思えないような、繊細なイメージに「まるでクラゲのよう」という人がいる

関東大震災で大きな被害を受けた後、一部構成の変更と修復を経て現在の形になった。1962年6月21日、国の重要文化財に指定され、1992年から大規模な修復の取り組みがなされ、準備の期間を入れるとおよそ9年が費やされて、現在の壮麗な姿となった。とはいっても銅板屋根は関東大震災の修理の後はほとんどそのまま、というから大した仕事だ。

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東京都千代田区神田駿河台のニコライ堂「ニコライ堂」は通称。日本に正教会の教えをもたらしたロシア人修道司祭(のち大主教)聖ニコライにちなむ。正式名称は「日本ハリストス正教会教団復活大聖堂」で、イイスス・ハリストス(イエス・キリスト)の復活を記憶する大聖堂である。

明治24年(1891) 建築。煉瓦及び石造、建築面積813.4㎡、一階建、銅板葺 1棟。

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この角度から見ると、地上から直線部分はよく見えない直線が目に入る。端正な球体となだらかな裾野。キリリとした切妻。カットされた隅のラインがアクセントを添える。「銅版屋根が建物の主役だ」と言いたくなる。

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ニコライ堂の建築面積は約800平方メートル、緑青を纏(まと)った高さ35メートルのドーム屋根が特徴。日本初、かつ最大級の本格的なビザンティン様式の教会建築といわれる。1891年に竣工し、駿河台の高台に位置したため御茶ノ水界隈の景観に重要な位置を占めてきた。

日本の重要文化財のほとんどが木造で、石造の重要文化財のうちでは東京復活大聖堂が一番古い。この後はじまる石造文化財修復の最初となった。

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絡み合った根のような瓦棒が雨水を樋に導く。

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機能とデザインが見事に一致化した樋。

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機能とデザインが高度に一体化した樋(とい)と堂々とした鮟鱇(あんこう)。この存在感はもう彫刻作品だ。

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セクシーな塔頂部。瓦棒の間隔は、頂付近は狭く、下にゆくほど広くなる。完成イメージを描きながら、一枚一枚の溝板を叩きながらふきあげてゆく。

見事な技だが、手練れ(てだれ)の職人にとっては、特別なことではない。難しいのは、チームワークとバランスだ。この作業を、もし「一人でやれ」と言われれば、技術を持った職人は少なからずいる。だから時間はかかるが難しいことではないという。しかし現実には工期があり、レベルの揃った職人を揃え、全体を見ながら管理して完成させなくてはならない。そのコントロールが難しいのだそうだ。

(一社)日本金属屋根協会機関誌「施工と管理」7月号より。施工と管理に載せきれなかった写真を追加している場合があります。

2013/07/29(月) 23:59:59|屋根|

「施工と管理」 銅屋根クロニクル -6-

今月の「銅屋根クロニクル」は、横浜市開港記念会館

銅クロニクル 横浜市開港記念館

(一社)日本金属屋根協会機関誌「施工と管理」の二月号での正倉院を皮切りに、全国の歴史的建造物の銅板屋根や樋の材料と施工技術を「銅屋根クロニクル」として紹介してきました。「施工と管理9月号」今回の銅屋根クロニクルは6回目。煉瓦とスレートと銅板が美しい横浜市開港記念館です。

記事は協会機関誌への掲載のあと順次、同協会のホームページに「銅屋根クロニクル」してアップされることになっています。http://www.kinzoku-yane.or.jp/

写真も大きく見やすいので絵是非ご覧ください。但し、諸般の事情で、まだ1回目の奈良・正倉院「瓦を下した正倉院正倉」のみです。

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銅屋根クロニクル 6 横浜市開港記念会館(神奈川)

「施工と管理」2013年9月号より

屋根なしは考えられないR2131431 

横浜市開港記念会館は、横浜開港50周年を記念して、横浜市民からの寄付により建設された。大正6(1917)年6月30日に竣工し、翌7 月1日に「開港記念横浜会館」として開館した。同記念館は、横浜市の公会堂であり、翌大正7年に竣工した大阪中之島公会堂とともに大正期二大公会堂建築 といわれる。

設計は、コンペ当選した東京市の技師福田重義の案をもとに、山田七五郎を中心にして行われた。赤煉瓦に花崗岩をとりまぜた、辰野様式の赤レンガ建築である。

平成の復元工事で屋根・ドームが復活
現在の姿からは想像しがたいが、平成の復元工事まで、この建物は現在の屋根もドームもない陸屋根だった。もしこの銅屋根がなかったら、今ほどの観光名所になっただろうか。

大正12(1923)年の関東大震災によって、時計塔と壁体だけを残し、内部は焼失した。

昭和2(1927)年に震災復旧工事が竣工したが、屋根ドーム群は復元されなかった。

昭和60(1985)年に、創建時の設計図が発見されたのを契機に「ドーム復元調査委員会(委員長:村松貞次郎東京大学名誉教授)」の提 言を受け、昭和63年度にドームの復元工事に着手し、平成元年6月16日に、大正時代そのままの姿に復元された。

ドーマーはどう?

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スレートと銅板による屋根だが、銅は鋳物や装飾用パネルが多用されている。施工に際しては、スレート、銅鋳物との取り合い、薄銅板の納まり、雨水が集中する場所などには捨て銅板を敷きこんでいる。下地とのなじみを考慮して0.3ミリの磨銅板が使用された。

ひときわ目立つ高さ約36mの時計塔(鉄骨煉瓦造)は大正期の煉瓦作り構造技術の水準を示すとともに、石材装飾のディテールにはセセッションスタイルの反映がみられるという。塔は現在「ジャックの塔」と呼ばれる。

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ジャックの塔と四方を睨む大砲? 射撃管制用レーダーを照射したターゲットは黒船か。

ジャックの塔のガーゴイルは黒船に向けた大砲?
キ ングが県庁本館の塔(昭和3年約49m)、クイーンが横浜税関の塔(昭和 9年約51m)、ジャックが(大正6年約36m)。トランプカードの絵札からとも、チェスの形からとも、諸説ある。

この大砲は樋? どう作る

換算600ミリの望遠レンズでズームアップすると、ますます大砲に見えるが、実はこれは樋(とい)の落とし口。「ガーゴイル」だ。

ガーゴイルとは西洋建築の屋根の上に置かれ、雨樋を通ってきた水の排出口としての機能を持ち、西洋では動物を模ったものが多い。歴史はギリシャや古代エジプト時代にまで遡る。日本の鬼瓦につながる魔除けの要素も併せ持つ。

調査報告書によると、屋根工事に使用された薄銅板葺総面積は1,542㎡、使用薄銅板面積は2,993㎡、588人工による作業だったそうだ。

樋の納まりは?

鋳物やパネルの使用が多く、厳つい表現であるため、がっちりした樋が全体の意匠の中でも違和感なく納まっている。

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球体・円錐形の尖塔頂部は2ミリの銅板ヘラ絞り。

銅屋根クロニクルバックナンバー

  • 銅屋根クロニクルNo.1 「施工と管理 2013.2 [瓦を下ろした正倉院正倉(奈良)」
  • 銅屋根クロニクルNo.2 「施工と管理 2013.4 「大阪城天守閣(大阪)」
  • 銅屋根クロニクルNo.3 「施工と管理 2013.5 「築地本願寺(東京)」
  • 銅屋根クロニクルNo.4 「施工と管理 2013.6 「中之島公会堂(大阪)」
  • 銅屋根クロニクルNo.5 「施工と管理 2013.7.8「日本聖ハリストス正教会教団復活大聖堂(東京)」
  • 銅屋根クロニクルNo.6 「施工と管理 2013.9 「横浜市開港記念会館」

2013/10/04(金) 00:00:16|屋根|

「施工と管理」 銅屋根クロニクル -7-

7回目は「屋根の上の妖怪動物園」

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一般社団法人 日本金属屋根協会の機関誌「施工と管理」に今年2月号から、「銅屋根クロニクル」として銅版屋根の記事を連載させていただいています。10月号は花が似合う湯島聖堂(その一屋上編)です。記事は協会機関誌への掲載のあと順次、同協会のホームページに「銅屋根クロニクル」してアップされることになっています。http://www.kinzoku-yane.or.jp/
写真も大きく見やすいので是非ご覧ください。但し、諸般の事情で、まだ1回目の奈良・正倉院「瓦を下した正倉院正倉」のみです。

銅屋根クロニクル 7 湯島聖堂(東京)

「施工と管理」2013年10月号より

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ようこそ黒と緑青の伊東忠太ワールドへ
屋根の上は聖獣・霊獣動物園

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杏壇門の屋根から四方を睨む霊界の動物たち。

1630年に幕臣儒学者林羅山は上野忍ヶ岡に建てた孔子廟と塾を設けたのが湯島聖堂始まり。元禄3年(1690年)5代将軍徳川綱吉が儒学の振興を図るため、それをこの地に移し、大成殿とその周りの建物をあわせ聖堂と総称した。その後寛政(1797年)、十一代家斉藤の時、規模を拡大し幕府直轄の昌平坂学問所として開設した。

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大成殿。開口20m、奥行き14.2m、高さ14.4mの入母屋。大成殿とは孔子廟の正殿の名称である。

大正12年(1923年)の関東大震災で入徳門以外は焼失した。現在の大成殿は、関東大震災で焼失後、昭和10年(1935年)に伊東忠太博士の設計、大林組の施工で再築されたものである。
復興に際してはすべて寛政9年当時の旧聖堂に拠り、木造であったものを、耐震耐火のため鉄筋コンクリート造とした。屋根はすべて銅板葺。

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本瓦棒の棟から銅の鎖が下がり、先端は丸環だ。屋根は緑青の緑。

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壁は黒。かつてこの黒は黒漆だったが、現在はエナメル黒塗装だ。

緑と黒に囲まれた四角い中庭を見下ろす聖獣・霊獣たち。築地本願寺で独自のインド風和風建築の世界を存分に展開した伊東忠太は、本願寺で控えめに配置した妖怪たちをここ湯島聖堂では思う存分散りばめた。湯島聖堂は午後5時に鐘を鳴らした管理人が参拝者を追い出して門を閉ざす。この中の聖獣たちはきっと真夜中に屋根を飛び回っているに違いない。

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大棟の両端の鴟尾(しび)。通常虎頭魚尾だが、ここでは龍頭魚尾で頭から水を噴き上げている鬼犾頭(きぎんとう)。もちろんこれも忠太デザイン。鬼犾頭は想像上の魚神で、水の神として火を防ぐ。

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大成殿流れ棟に鎮座する鬼龍子(きりゅうし)。狛犬に似た姿で、顔は猫科の動物に似て、牙を剥き、腹には蛇や龍のような鱗がある。想像上の霊獣で、孔子のような聖人の徳に感じて現れるという。同じく伊東忠太デザイン。

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降り棟、隅棟の先に普段なら鬼が置かれるのだが、聖堂の屋根を守るのは霊獣たちだ。

怪異な動物に目が奪われがちになるが、銅板葺の技術者は、「伊東先生の求めるなだらかで繊細なラインを作り出すのに苦労した」という。

画像の説明

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大成殿内部に置かれた創建時の鬼犾頭(きぎんとう)と鬼龍子(きりゅうし)。

寛政11年(1799年)、老中松平定信の寛政の改革で、朱子学は官学となり聖堂も重視された。拡張改築が進み聖堂は開設以来最大規模となった。同時に建物全体が黒漆塗となる。
上の鬼犾頭(きぎんとう)と鬼龍子(きりゅうし)が鋳造されたのもこの当時だ。
左637.5㎏、右93.5㎏。いずれも関東大震災で罹災し焼け落ちた。

(つづく)

(一社)日本金属屋根協会機関誌「施工と管理」10月号より。施工と管理に載せきれなかった写真を追加している場合があります。

銅屋根クロニクルバックナンバー
銅屋根クロニクルNo.1「施工と管理 2013.2 [瓦を下ろした正倉院正倉(奈良)」
銅屋根クロニクルNo.2「施工と管理 2013.4「大阪城天守閣(大阪)」
銅屋根クロニクルNo.3「施工と管理 2013.5「築地本願寺(東京)」
銅屋根クロニクルNo.4「施工と管理 2013.6「中之島公会堂(大阪)」
銅屋根クロニクルNo.5「施工と管理 2013.7.8「日本聖ハリストス正教会教団復活大聖堂(東京)」
銅屋根クロニクルNo.6「施工と管理 2013.9「横浜市開港記念会館」横浜市開港記念会館(神奈川)」
銅屋根クロニクルNo.7「施工と管理 2013.10「湯島聖堂(東京)前篇・屋根」
銅屋根クロニクルNo.8「施工と管理 2013.11「湯島聖堂(東京)後篇・樋」(予定)

2013/11/03(日) 00:00:16|屋根|

「施工と管理」 銅屋根クロニクル -8-

銅クロニクル第8回は「聖堂の楷書の樋」

黒と緑青に夏の緑が映える

写真5の代わり

銅屋根の美しさ、施工技術のすごさを紹介するために「銅屋根クロニクル」と言う写真コラムを書かせていただいています。媒体は(一社)日本金属屋根協会が発行する「施工と管理」と言う機関誌です。前月10月号では、湯島聖堂の漆黒の壁と緑青の銅屋根のコントラストの美しさを、11月号では屋根に劣らず魅力的な樋を取り上げました。端正かつ力強い聖堂の樋です。

銅屋根クロニクル8
「施工と管理」2013年11月号

銅屋根クロニクル 8 湯島聖堂(東京)・後編

湯島聖堂の楷書の樋~漆黒の壁面を貫く緑青の縦ライン~

1写真

寛政11年(1799年)、老中松平定信の寛政の改革で、朱子学は官学となり、その象徴である湯島聖堂も重視された。拡張改築が進み聖堂は開設以来最大規模となった。同時に建物全体が黒漆塗となる。
元禄時代の朱塗りがなぜ黒になったのか。その理由として、寛政の改革の引き締め、火を連想させる赤を避けた、隣接する神田明神との明確な区別、さらには徳川家の重要施設を表す黒にした、など諸説があるものの、どれも決め手に欠けるようだ。

写真2

湯島聖堂は黒と緑青の世界。 屋根の上の鬼犾頭(きぎんとう)と鬼龍子(きりゅうし)などの聖獣動物園は関東大震災で罹災し焼け落ちた。

写真3 手前が入徳門

写真3 入徳門P2190214 (2)

この時、唯一焼失を免れたのが入徳門。伊東忠太の設計によりRC、銅屋根で湯島聖堂は再建された。焼け残った木造の入徳門に先月10月、黒漆が施された。光沢のある黒を銅の緑青が引き立てる「聖堂内で唯一の木造建造物だ。この門には、他のコンクリート建造物に塗られたエナメルではなく、寛政11年(1799年)と同様に黒漆が塗られている。

写真5-3 ほとんど構造体の様相を呈している

「孔子樋」「聖堂樋」と名付けたくなるほどの一体感。楷書感のあふれる聖堂になじみます。

写真4

伊東は同じ時期に築地本願寺を手掛けている。築地本願寺でも樋は存在感を持ちつつ建物のデザインに溶け込んでいた。ここ聖堂ではより頑丈な樋が取り付けられ、軒樋には落ち葉除けの蓋までついている。「こんなところ誰も掃除できないでしょう。大雨の時は溢れたっていいわけだから」という伊東の配慮だ。

写真8

どんな雪でも壊れなかったこの樋、「ぶら下がっても平気」そうな産業機械を思わせる頑丈な取り付けも金属フェチをうならせる。

スリムライン
スリムライン

写真7-2 同じく
リズミカルな縦線

写真6 楷書のような樋
楷書のような樋

写真10-2

写真10 

縦樋に詰まったごみや葉っぱを掃除しやすいように設けた点検口。
単なる妖怪好きではありません。伊東忠太の建築家としての優しさが感じられる縦樋の点検口。メンテナンスを専門業者がするのか、建物の使用者が行うのか、それを考慮してこうした細部に気を配ったという。

2013/12/02(月) 00:57:00|屋根|

「施工と管理」 銅屋根クロニクル -9-

銅クロニクル第9回は「北野天満宮」
桧皮葺きと屋根とのとても幸せな姿

ドウクロ北野DSC05899

昨年(2013年)2月から、銅屋根の美しさ、施工技術のすごさを紹介するために「銅屋根クロニクル」と言う写真コラムを書かせていただいています。媒体は(一社)日本金属屋根協会が発行する「施工と管理」と言う機関誌です。
今回は銅屋根の美しさもさりながら、銅板の棟包(むねつつみ)みや、樋(とい)などと桧皮葺きや金飾りと織りなす美しさを紹介しました。

銅屋根クロニクル9

「施工と管理」2013年12月号
檜皮葺きの屋根と銅板のとっても幸せな姿

見出し写真:軒先と棟の綺麗な組み合わせ

北野天満宮:北野天満宮は、現在、全国各地におよそ一万二千社とも言われる菅原道真を祀(まつ)った神社の総本社で、親しみを込めて「北野の天神さま」と、また地元では単に「天神さん」と呼ばれている。天満宮の縁起によれば、平安時代中期の天暦元年(947)、京都に住んでいた多治比文子や近江国(滋賀県)比良宮の神主神良種、北野朝日寺の僧最珍らが、この地に神殿を建て、菅公を祀ったのが始まりという。
その後、天徳3年(959)右大臣藤原師輔が北野社の大規模な社殿の造営、宝物の奉納を行った。

写真1 楼門
写真1 銅板葺きの楼門

写真2 水香梅
写真2 手水(水香梅)。
茅葺きを模した柔らかい銅板葺きには、天満宮唯一の瓦による棟包み。

写真3 本殿の複雑な屋根
写真3 権現造りの本殿

銅板屋根の楼門(写真1)をくぐると正面が国宝指定である桧皮葺きの本殿。右手には銅板屋根の手水・水香梅とチタン葺きの宝物殿そして銅板屋根の神楽殿、瓦葺きの社務所が並び、各種屋根葺き材を見ることができる。

社殿は当初から、朝廷及び将軍家がその造営修繕に当たってきた。国宝の指定を受ける現在の本殿は慶長十二年(1607)、秀吉の遺志により豊臣秀頼が造営したもの。

写真4
写真4 雨仕舞上最大の難所

写真5 堰板
写真5 反対側の同じ部分。

北野天満宮の本殿は実は拝殿と繋がった構造になっており、それぞれの屋根に落ちる雨水を、間の樋が受ける。大量の雨水があふれるのを防ぐために、山型の巨大な堰(せき)板まで取り付けられている。(社)日本銅センター発行の「銅板葺屋根1996年」によると、1951年の調査時点で、この堰板は江戸中期の手打ち銅板であり、慶弔12年(1607年)再建以来のものと考えられた。しかし現状の板は近年取り替えられている。

写真6 軒樋、受け、蛇腹
写真6 樋の断面は銀杏型 

写真7 本殿色とりどり
写真7 瓦の棟では出せない美しさ

檜皮の色と棟包みの緑青、金箔の飾り金物、加えて紅葉と夕陽。「総面積約五百坪の雄大な桧皮葺屋根を戴く八棟造の本殿の威容は、造営当時そのままに絢爛豪華な桃山文化を今に伝えています」という北野天満宮社報の表現は誇張ではない。

銅屋根クロニクルバックナンバー

銅屋根クロニクルNo.1 「施工と管理 2013.2 「瓦を下ろした正倉院正倉(奈良)」
銅屋根クロニクルNo.2 「施工と管理 2013.4 「大阪城天守閣(大阪)」
銅屋根クロニクルNo.3 「施工と管理 2013.5 「築地本願寺(東京)」
銅屋根クロニクルNo.4 「施工と管理 2013.6 「中之島公会堂(大阪)」
銅屋根クロニクルNo.5 「施工と管理 2013.7.8合併号「日本聖ハリストス正教会教団復活大聖堂(ニコライ堂)(東京)」
銅屋根クロニクルNo.6 「施工と管理 2013.9 「横浜市開港記念会館」
銅屋根クロニクルNo.7 「施工と管理 2013.10 「湯島聖堂(前)屋根 」
銅屋根クロニクルNo.8 「施工と管理 2013.11 「湯島聖堂(続)樋 」
銅屋根クロニクルNo.9 「施工と管理 2013.12 「北野天満宮(京都)」

2014/01/07(火) 12:28:07|屋根|

「施工と管理」 銅屋根クロニクル -10-

茅葺きと缶詰屋根が共存する京都・美山地区

読物見出しP8180466

1月号表紙P3010265

昨年2月から、銅屋根の美しさ、施工技術のすごさを紹介するために「銅屋根クロニクル」と言う連載記事を書かせていただいています。媒体は(一社)日本金属屋根協会が発行する「施工と管理」と言う機関誌です。2014年1月号は番外編として、いつもの銅板屋根ではなく、草葺き屋根を覆う鋼板のお話です。同誌の1月号から転載させていただきます。

「施工と管理」2014年1月号 銅屋根クロニクル番外編

茅葺き屋根の缶詰はタイムカプセル?

(図をクリックすると拡大します)

1月1P CCF20140301_00001 1月2P CCF20140301_00002

1月3P CCF20140301_00003 1月4P CCF20140301_00004

1月 5P CCF20140301_00005 1月6P CCF20140301_00006

1月 7 P CCF20140301_00007 1月8P CCF20140301_00008

2014/03/07(金) 00:11:14|屋根|

「施工と管理」 銅屋根クロニクル -11-

近くて遠い赤坂離宮の銅屋根仕事

噴水側からの写真

工部大学校第一期卒業生 片山東熊(とうくま)設計による迎賓館赤坂離宮(旧東宮御所)。 ネオバロック様式の壮麗な宮殿建築は、近代建築として初めて国宝指定されました。片山東熊は代表作であるこの東宮御所のほかに京都博物館、奈良博物館や表慶館(東京国立博物館)などを設計しています。建物は東京空襲で開いた穴からの雨漏りで被害を受け、荒れ放題の時期があったそうです。1967年に迎賓館として大改修されることになりました。近代建築初の国宝の屋根の美しさを紹介します。

銅屋根クロニクル 11 近くて遠い赤坂離宮の銅屋根仕事

(一社)日本金属屋根協会 機関誌「施工と管理」2014年2月号より
迎賓館赤坂離宮(東京)

画像の説明

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2月1p

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2014/03/14(金) 17:15:42|屋根|

「施工と管理」 銅屋根クロニクル -12-

徳川の権力の象徴は黒と金の世界

奥も真っ暗P5022303
屋根も柱も扉も銅で銅鋳物に黒漆。重厚の極み。

銅の鳥居に銅でくるまれた宝殿。黒漆が塗られ真っ黒だ。P5022327
銅の鳥居に銅でくるまれた宝蔵。黒漆が塗られ真っ黒だ。

昨年2月から、銅屋根の美しさ、施工技術のすごさを紹介する「銅屋根クロニクル」の連載が始まりました。媒体は(一社)日本金属屋根協会が発行する「施工と管理」と言う機関誌です。2014年3月号は漆黒の屋根が連なる日光東照宮です。発行されたばかりの同誌の3月号から転載させていただきます

「施工と管理」2014年3月号 日光東照宮(栃木)

徳川の権力の象徴は黒と金の世界
銅屋根クロニクル 12

(一社)日本金属屋根協会 機関誌「施工と管理」2014年3月号より

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銅屋根クロニクルバックナンバー

銅屋根クロニクルNo.1 「施工と管理 2013.2 「瓦を下ろした正倉院正倉(奈良)」
銅屋根クロニクルNo.2 「施工と管理 2013.4 「大阪城天守閣(大阪)」
銅屋根クロニクルNo.3 「施工と管理 2013.5 「築地本願寺(東京)」
銅屋根クロニクルNo.4 「施工と管理 2013.6 「中之島公会堂(大阪)」
銅屋根クロニクルNo.5 「施工と管理 2013.7.8合併号「日本聖ハリストス正教会教団復活大聖堂(ニコライ堂)(東京)」
銅屋根クロニクルNo.6 「施工と管理 2013.9 「横浜市開港記念会館」
銅屋根クロニクルNo.7 「施工と管理 2013.10 「湯島聖堂(前)屋根 」
銅屋根クロニクルNo.8 「施工と管理 2013.11 「湯島聖堂(続)樋 」
銅屋根クロニクルNo.9 「施工と管理 2013.12 「北野天満宮(京都)」
銅屋根クロニクルNo.10 施工と管理」2014.1  番外編:「茅葺きと缶詰屋根が共存する京都・美山地区」
銅屋根クロニクルNo.11 施工と管理」2014.2 「迎賓館赤坂離宮(東京)」
銅屋根クロニクルNo.12 施工と管理」2014.3  「日光東照宮(栃木)」

2014/03/30(日) 00:06:24|屋根|

「施工と管理」 銅屋根クロニクル -13-

三博の屋根を彩る緑の縁

東博表慶館
東博(東京国立博物館表慶館)

京博
京博(京都国立博物館)

奈良博
奈良博(奈良国立博物館)

昨年2月から、銅屋根の美しさ、施工技術のすごさを紹介する「銅屋根クロニクル」の連載、4月号で13回目です。掲載媒体は(一社)日本金属屋根協会が発行する「施工と管理」という機関誌です。今回は迎賓館の設計を担当した片山東熊による3つの作品の屋根です。現在我が国には3つの国立博物館があります。いずれも当初、帝室博物館として建設されました。煉瓦と花崗岩と、銅板が美しく、銅板の緑青がスレートの屋根をすっきりと縁取りしています。

銅屋根クロニクル 13 三博の屋根を彩る緑の縁

(一社)日本金属屋根協会 機関誌「施工と管理」2014年4月号より

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2014/04/29(火) 00:00:01|屋根|

「施工と管理」 銅屋根クロニクル -14-

三博の屋根を彩る緑の縁(後編)

東博表慶館のフィニアルの意匠
この東博表慶館のフィニアルの意匠は奈良博でも見られる

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銅屋根の美しさ、施工技術のすごさを紹介する「銅屋根クロニクル」の連載、今回の5月号で14回目です。掲載媒体は(一社)日本金属屋根協 会が発行する「施工と管理」という機関誌です。赤坂迎賓館の設計を担当した片山東熊は我が国の3つの国立博物館(トーハク、キョーハク、ナラハク)の設計に係わりました。いずれも当初、帝室博物館として建設されました。煉瓦と花崗岩と、銅板が美しく、銅板の緑青がスレートの屋根をすっきりと縁取りしています。今回は後半の奈良国立博物館の屋根です。

銅屋根クロニクル 14 三博の屋根を彩る緑の縁 (後編)

(一社)日本金属屋根協会 機関誌「施工と管理」2014年5月号より

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2014/06/01(日) 08:32:21屋根|

「施工と管理」銅屋根クロニクル -15-

リズミカルな屋根。名古屋城の天守を彩る緑青瓦と金鯱

銅屋根の美しさ、施工技術のすごさを紹介する「銅屋根クロニクル」の連載、6月号は名古屋城です。(一社)日本金属屋根協 会が発行する月刊機関誌「施工と管理」に掲載されています。

「施工と管理」2014年6月号

銅屋根クロニクル 15 名古屋城(愛知県)

(一社)日本金属屋根協会 機関誌「施工と管理」2014年6月号より

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2014/07/08(火) 17:14:43|屋根|

「施工と管理」銅屋根クロニクル -16-

日光旧田母沢御用邸
銅屋根の美しさ、施工技術のすごさを紹介する「銅屋根クロニクル」の連載、7.8月合併号は日光旧田母沢御用邸です。(一社)日本金属屋根協 会が発行する月刊機関誌「施工と管理」に掲載されています。

7-8月号表紙  DSC06596

明治、大正、昭和、そして平成の匠たちが腕を競った4時代の様式を伝える貴重な建物。それが日光旧田母沢御用邸だ。屋根はいうと、下から見上げれば、銅板一文字葺きの横ラインが年輪状に重なり、杮葺きのようだ。少し視点を上げると、屋根 ヤネ やね、ただただ屋根。7000㎡もの屋根が連なる。杮葺きの滑らかなラインを銅板でどう再現するか。さらには「軽やかさ」の点でも、設計者と板金職人は杮葺きを超える表現を目指したのではないか。そんなパッションと挑戦のエネルギーを感じる屋根だ。(一社)日本金属屋根協会機関誌「施工と管理」の7・8月合併号に、「大波小波が連なる7000㎡の一枚屋根」を紹介させていただきました

銅屋根クロニクル 16 日光旧田母沢御用邸

(一社)日本金属屋根協会 機関誌「施工と管理」2014年7・8月合併号より

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田茂沢御用邸-1

田茂沢御用邸-2

田茂沢御用邸-3

田茂沢御用邸-4

2014/08/10(日) 12:00:05|屋根|

「施工と管理」銅屋根クロニクル -17-

静岡浅間神社
黒漆銅版屋根の重厚な色合い

銅屋根の美しさ、施工技術のすごさを紹介する「銅屋根クロニクル」の連載、9月号は静岡浅間神社です。(一社)日本金属屋根協 会が発行する月刊機関誌「施工と管理」に掲載されています。

浅間神社の見どころは建物だけではありません。

能楽の始祖「観阿弥」は今川家に招かれ浅間神社に奉納し、その後この地で亡くなりました。観阿弥最後の舞台として知られており、楼門脇には観阿弥の碑があります。 泉鏡花の『婦系図』にも同社が語られ、海外でなお馳せた山田長政の産土神でもあり、長政奉納の「戦艦図絵馬」(写)を所蔵しています。宝物殿に楽器その他、いろいろ面白そうなものあり、船好き、音楽好きにはたまりません。

けんらんごうか

山門2PC270327

静岡浅間神社(しずおかせんげんじんじゃ)通称「おせんげんさま」は、神部(かんべ)神社・浅間(あさま)神社・大歳御祖(おおとしみおや)神社の三社からなり、3社の総称が「静岡浅間神社」です。鎮座地の賤機山(しずはたやま)は、静岡の地名発祥の地であり、賤機山古墳(国の史跡)も境内にあります。神部・浅間両神社の大拝殿は2階建ての浅間つくり。棟高25メートルは、出雲大社本殿の24メートルを抜き、木造神社建築で日本一。屋根は銅板の本瓦棒葺き。天井は十間の合天井となり、その各間の天井には狩野栄信・狩野寛信の「八方睨みの龍」「迦陵頻伽」「天人」 が描かれています。

9月号銅クロ表紙

(一社)日本金属屋根協会機関誌「施工と管理」の9月号に、「黒漆銅版屋根の重厚な色合いの屋根」を紹介させていただきました

銅屋根クロニクル 17 静岡浅間神社

(一社)日本金属屋根協会 機関誌「施工と管理」2014年9月合併号より

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浅間神社-1s

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2014/09/27(土) 10:33:25|屋根|

「施工と管理」銅屋根クロニクル-18-

西本願寺 伝導院 (京都)
京の街角の「伊東忠太ワールド」

銅屋根の美しさ、施工技術のすごさを紹介する「銅屋根クロニクル」の連載、10月号は京都西本願寺伝道院です。(一社)日本金属屋根協 会が発行する月刊機関誌「施工と管理」に掲載されています。

よりタワーP3150283

京都駅近く、烏丸通を挟んで東本願寺の向側。この辺りは昔からの町屋と仏具店が並び、隠れ観光ゾーンです。ここを歩いていると、見覚えのある動物に出会えます。

「べ形」の霊獣が入り口を守る。P3150224

べ形とい形の伝道院霊獣P3150225

そして見上げると

ドームほぼ全景 P3150207

築地本願寺や湯島聖堂で紹介した伊藤忠太の霊獣達に守られたインド風のドーム建築。京の街角の伊東忠太ワールドです。

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(一社)日本金属屋根協会機関誌「施工と管理」の10月号に、「京の街角の伊東忠太ワールド」を紹介させていただきました.

銅屋根クロニクル 18 西本願寺伝導院

(一社)日本金属屋根協会 機関誌「施工と管理」2014年10月号より

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伝道院1 EPSON001

伝道院2 EPSON002

2014/11/14(金) 00:00:00|屋根|

「施工と管理」銅屋根クロニクル-19-

三嶋大社 (静岡)

銅板で包まれた置き千木と鰹木
銅板で包まれた本殿の置き千木(ちぎ)と勝男木(かつおぎ)

銅屋根の美しさ、施工技術のすごさを紹介する「銅屋根クロニクル」の連載、11月号は静岡三嶋大社です、(一社)日本金属屋根協 会が発行する月刊機関誌「施工と管理」に掲載されています。

芭蕉の雨と棟の歌
芭蕉が三嶋明神で詠んだ雨と棟の歌
「どむみりと 棟や雨の 花曇り」 芭蕉。

棟と言っても屋根の上の「むね」ではありません「おうち」と読みます。「栴檀・せんだん」の方が一般的な名前です。栴檀の古い名で、夏に小さな白い花をたくさん付け、芽が出た直後双葉のころから、良い香りがします。元禄七年(1694年)5月14日、三嶋明神に参詣した芭蕉が神池のあたりで栴檀の花の群れを見て詠んだとのことです。 

たたり石
たたり」という言葉の語源「たたり石」、たたりとはもともと糸の縺れを防ぐ道具で、「整理」を意味する言葉でした。たたり石は、三嶋大社の前、旧東海道の真ん中に置かれ、人の流れを整理していました。その後通行量が増加し、取り除こうとするとそのたびに、災いが起こりました。

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(一社)日本金属屋根協会機関誌「施工と管理」の11月号に、三嶋大社の屋根を紹介させていただきました。

銅屋根クロニクル 19 三嶋大社

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(一社)日本金属屋根協会 機関誌「施工と管理」2014年11月号より

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2014/11/30(日) 14:08:05|屋根|

「施工と管理」銅屋根クロニクル-20-

熱田神宮 (愛知)
ふくよかな茅葺きのような銅版屋根

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現代美術の彫刻作品のようだが、熱田神宮拝殿の軒下から見上げたところ。

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銅屋根の美しさ、施工技術のすごさを紹介する「銅屋根クロニクル」の連載、12月号は愛知県の熱田神宮です.。(一社)日本金属屋根協会が発行する月刊機関誌「施工と管理」に掲載されています。

三種の神器の1つ、草薙剣(くさなぎのつるぎ)を祀る神社として知られている熱田神宮。名古屋市南部、熱田台地の南端に鎮座します。JR・名鉄駅前にも関わらず、一の鳥居をくぐると別世界が広がります。現在、本殿の建物は伊勢神宮と同じ神明造ですが、1893年(明治26年)までは尾張造と呼ばれる独特の建築様式でした。

祭神の熱田大神 (あつたのおおかみ)は 三種の神器の1つ・草薙神剣(くさなぎのみつるぎ、草薙剣・天叢雲剣ともいう)を神体とする天照大神を指すといわれています。そのため熱田神宮は伊勢神宮と同格である,と考えられました。時の宮司は明治政府に、神宮と同じ神明造りへの改造を願い出、認められ、大改造工事が行われ現在の様式に至っています。

(一社)日本金属屋根協会機関誌「施工と管理」の12月号に、熱田神宮の屋根を紹介させていただきました。

銅屋根クロニクル 20 熱田神宮

(一社)日本金属屋根協会 機関誌「施工と管理」2014年12月号より

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熱田1

熱田2

熱田3

2015/01/06(火) 00:36:53|屋根|

「施工と管理」銅屋根クロニクル 21 番外編  

祇園まつり 150年ぶりに復活した鉾の屋根の雨仕舞

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社団法人日本金属屋根協会が毎月発行する機関誌「施工と管理」に「銅屋根クロニクル」を連載させていただいています。

この企画は日本の重要な近代建築や寺社建築のとその銅屋根を紹介し、板金職人の技と心意気を伝えようというものです。物件と紹介と銅屋根施工のポイントを紹介してゆきます。
バックナンバーはこちら→http://www.kinzoku-yane.or.jp/chronicle/index.html

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第21回の今回はは番外編の4ページとなりました。150年ぶりに復活した大船鉾とその屋根のお話。京都四条町「大船鉾保存会」の方々から資料や写真をいただき、お話を聞きました。

銅屋根クロニクル 21 番外編 「施工と管理」銅屋根クロニクル

大船鉾の銅版屋根 150年振りの復活に板金職も一役
(一社)日本金属屋根協会 機関誌「施工と管理」2015年1月号より

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2015/02/10(火) 09:08:49|屋根|

「施工と管理」銅屋根クロニクル-22-

大崎八幡宮(宮城)

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国宝の杮葺き社殿の屋根を縁取る骨太の銅棟

安土桃山時代の我が国唯一の遺構として国宝建造物に指定された社殿。前回の修繕記録によれば、桧皮葺き屋根の谷部分の下には、銅板が敷かれていたそうだ。

銅クロ 22 大崎八幡 P1020250

銅屋根の美しさ、施工技術のすごさを紹介する「銅屋根クロニクル」の連載、今回は仙台市の大崎八幡宮です。(一社)日本金属屋根協会が発行する月刊機関誌「施工と管理」に掲載されています。

境内の解説によると平安時代の東夷征伐に際して坂上田村麻呂は、武運長久を祈念して武門の守護神である宇佐八幡宮を現在の岩手県水沢市に勧請、鎮守府八幡宮を創祀。その後、室町時代に奥州管領大崎氏がこれを自領内の現遠田郡田尻町に遷祀し守護神としたため、大崎八幡宮と呼ばれるようになった。大崎氏の滅亡後は伊達政宗が仙台開府後仙台城の乾(北西)の方角にあたる現在の地に祀った。また「社殿の造営にあたっては、当時豊臣家に仕えていた当代随一の工匠が招聘され、その手に成った御社殿は豪壮にして華麗なる桃山建築の特色が遺憾なく発揮されており、仙台六十二万石の総鎮守として伊達家の威風と遷宮当時の絢爛たる息吹とを今に伝えております」。と記されている。

(一社)日本金属屋根協会機関誌「施工と管理」の2月号に、大崎八幡宮の屋根を紹介させていただきました。

銅屋根クロニクル 22 大崎八幡宮

(一社)日本金属屋根協会機関誌「施工と管理」324号より

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大崎八幡1

大崎八幡②EPSON026

大崎八幡3EPSON028

2015/03/07(土) 01:27:00|屋根|

「施工と管理」銅屋根クロニクル-23-

「赤れんが庁舎」北海道旧本庁舎

北海道庁旧本庁舎

社団法人日本金属屋根協会が毎月発行する機関誌「施工と管理」に「銅屋根クロニクル」を連載させていただいています。この企画は日本の重要な近代建築や寺社建築とその銅屋根を紹介し、板金職人の技と心意気を伝えようというものです。物件と紹介と銅屋根施工のポイントを紹介してゆきます。
バックナンバーはこちら→http://www.kinzoku-yane.or.jp/chronicle/index.html

第23回の今回は北海道庁旧本庁舎。明治21年に竣工した重要文化財です。明治42年に火災で内部は全焼しましたが、昭和42年に創建時の姿に復元され「道庁赤レンガ庁舎」、「赤れんが」と呼ばれ親しまれています。

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館内の展示室には昭和58年の改修工事で使用された屋根の銅板とスレートが展示されています。

銅屋根クロニクル 23 北海道庁旧本庁舎

(一社)日本金属屋根協会機関誌「施工と管理」№326、2015年4月号より

(図をクリックすると拡大します)

施工と管理】P11

施工と管理】P12

【施工と管理】P13

2015/04/29(水) 11:04:36|屋根|

「施工と管理」銅屋根クロニクル-24-

あかがね、しろがね、こがね の御殿

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「こがね(くがね)」は金、「しろがね」は銀、「あかがね」は銅、ついでに「くろがね」は鉄。従って「あかがね御殿」は「銅御殿」です。銅板のことを「あか」とも言います。「うちの樋はあかやから(銅板製だから)、なんべんも盗られたんや」と、戦後の匂いが抜けきっていない頃、聞いた言葉です。
 商いで財をなし、○○王と言われた人たちは、贅を尽くして家を建て、その外皮を銅で覆いました。銅板は高価ですが、金属としての耐火性を持ち、意匠上多様な表現を可能にします。ピカピカの東京駅の印象はまだ鮮明に残っています。住宅地にそんな家が建ったら、やはり「あかがね御殿」と呼ばれてしまうでしょうね。

広辞苑で「あかがね御殿」と引いても出てきませんが、WEBで検索すると、だいたい次の3件がヒットします。加古川市の肥料王・多木久米次郎が建てた4階建ての迎賓館。九州は飯塚市の炭鉱王・伊藤伝右衛門が妻白蓮のために建てた家。ただし現存しません。伝右衛門は昨年のNHKの朝ドラ「花子とアン」に登場した、加納伝助のモデルです。そして東京・小石川の山林王磯野敬の別邸。これは平成17年、国の重要文化財に指定されました。

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「施工と管理」の連載コーナー「銅屋根クロニクルの第24回はあかがね御殿」です。

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今回取り上げたのは、有名な3つの御殿のうち、小石川のあかがね御殿旧磯野邸です。屋根は銅板葺きで、外壁も銅板が張り回されていました。

銅屋根クロニクル 24 旧磯野家住宅

(一社)日本金属屋根協会機関誌「施工と管理」№327、2015年5月号より

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画像の説明

画像の説明

2015/05/27(水) 23:18:01|屋根|

「施工と管理」銅屋根クロニクル -25-

大阪市の建築絶景を構成する銅板屋根トリオ

読物トップP2130220

住友家第15代、吉左衞門が創業以来住友の事業が,大阪を本拠に続けてこられたことに対する感謝のしるしとして、図書館建物(写真左手前)と図書購入資金を寄贈しました。

銅屋根の美しさ、施工技術のすごさを紹介するために「銅屋根クロニクル」と言う写真コラムを書かせていただいています。媒体は(一社)日本金属屋根協会が発行する「施工と管理」という機関誌です。6月号では大阪・中之島の建築風景を構成する中之島図書館です。

図書館 (1)

同図書館の公式HPから2008年に行われた屋根改修工事の様子を見ることができます。
http://www.library.pref.osaka.jp/site/nakato/dmrp-feb.html

図書館 (2) 中之島図書館

銅屋根クロニクル 25 大阪府立中之島図書館

(一社)日本金属屋根協会機関誌「施工と管理」№328、2015年6月号より

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【施工と管理6】クロニクル25-1

【施工と管理6】クロニクル25-2

2015/06/28(日) 10:41:28|屋根|

「施工と管理」銅屋根クロニクル -26-

高密度な屋根ラインの重なりと昇竜の饗宴

登竜門

大阪天満宮の社殿には東西両面に唐門があり、それぞれ両側に一対の金燈籠が据えられている。その図柄が鯉に龍で、唐破風周辺の竪樋のアンコウは龍の顔にみえる。この唐門の名は「登竜門」。天満宮の屋根が龍だらけなのもうなずける。

龍門は黄河上流のある場所で、ここに鯉が集まり、天に登って龍になるという。転じてここを通り抜ければ必ず出世する関門の意となった。宮司曰く

画像の説明
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今回の銅屋根クロニクルは、大阪天満の天神さんの「濃い」屋根だ。

銅屋根クロニクル26 天満の天神さんは屋根も濃いでえ。大阪天満宮(大阪府)

(一社)日本金属屋根協会機関誌「施工と管理」№329、2015年7・8月号より

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【施工と管理7】クロニクル表紙

【施工と管理7】クロニクル目次

【施工と管理7】クロニクル26-1

【施工と管理7】クロニクル26-2

2015/07/24(金) 02:41:13|屋根|

「施工と管理」銅屋根クロニクル-27-

福岡市赤煉瓦文化館

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(一社)日本金属屋根協会が毎月発行する機関誌「施工と管理」に「銅屋根クロニクル」を連載させていただいています。この企画は日本の重要な近代建築や寺社建築とその銅屋根を紹介し、板金職人の技と心意気を伝えようというものです。物件と紹介と銅屋根施工のポイントを紹介してゆきます。
バックナンバーはこちら→http://www.kinzoku-yane.or.jp/chronicle/index.html

第27回の今回は福岡の赤煉瓦文化館。旧日本生命保険相互会社空襲支店です。明治42年に竣工、昭和47年に重要文化財に指定されました。

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銅屋根クロニクル 27 福岡市赤煉瓦文化館

(一社)日本金属屋根協会機関誌「施工と管理」№331、2015年11月号より

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クロニクル27-1

クロニクル27-2

2015/11/03(火) 00:44:24|屋根

「施工と管理」銅屋根クロニクル-28-

金沢城(石川県)

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(一社)日本金属屋根協会が毎月発行する機関誌「施工と管理」に「銅屋根クロニクル」を連載させていただいています。この企画は日本の重要な近代建築や寺社建築とその銅屋根を紹介し、板金職人の技と心意気を伝えようというものです。物件と紹介と銅屋根施工のポイントを紹介してゆきます。
バックナンバーはこちら→http://www.kinzoku-yane.or.jp/chronicle/index.html
第28回は雪を頂く富士のように美しいとたたえられた石川県の金沢城です。銅板が雪に見える?いえ、実は銅ではなく鉛板板なのです。厚さ1.9ミリの鉛瓦で、すべての屋根が覆われています。鉛の屋根は日本では2例しかないといいます。

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銅屋根クロニクル 28 金沢城

(一社)日本金属屋根協会機関誌「施工と管理」№332、2015年11月号より

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【施工と管理】クロニクル28-1

【施工と管理】クロニクル28-2

【施工と管理】クロニクル28-3

2015/11/28(土) 01:15:32|屋根|

「施工と管理」銅屋根クロニクル-29-

「北陸の法隆寺」と称される禅宗の国宝大伽藍は鉛と銅の饗宴

銅板一文字葺きの法堂も美しい

この号では鉛屋根を中心に解説しましたが、この銅板一文字葺きの法堂も見ごたえがあります。杮葺き、銅板葺き、鉛瓦葺き、各種屋根葺き材の見事な仕事が堪能できます。

銅屋根クロニクル 29

(一社)日本金属屋根協会が毎月発行する機関誌「施工と管理」に「銅屋根クロニクル」を連載させていただいています。この企画は日本の重要な近代建築や寺社建築とその銅屋根を紹介し、板金職人の技と心意気を伝えようというものです。物件と紹介と銅屋根施工のポイントを紹介してゆきます。
バックナンバーはこちら→http://www.kinzoku-yane.or.jp/chronicle/index.html
第29 回は富山県で唯一国宝がある寺・高岡山瑞龍寺。前号は見渡す限りの鉛の屋根で覆われた金沢城。今回の瑞龍寺と金沢城が、日本では2例しかない鉛屋根です。

銅屋根クロニクル 29 瑞龍寺(富山県)

(一社)日本金属屋根協会機関誌「施工と管理」№333、2015年12月号より

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瑞龍寺1

瑞龍寺2

アクセス

  • 住所 〒933-0863 富山県高岡市関本町35
  • 電話 0766-22-0179
  • 時間 9:00~16:30
  • あいの風とやま鉄道「高岡駅」から徒歩10分
  • JR「新高岡駅」から徒歩15分
  • 能越自動車道高岡ICから車で10分

※ ※ ※

なお、「施工と管理」№333、2015年12月号の表紙は、銅屋根クロニクル28で紹介した金沢城です。追加解説は、以下の通りです。

表紙説明 (2)

2016/01/15(金) 00:00:01|屋根|

「施工と管理」銅屋根クロニクル-30-特別編

東大寺と並ぶ西大寺の大伽藍
銅瓦葺きの金堂屋根に錺金物が輝いていた

西大寺行きの列車が到着
西大寺行きの列車が近鉄大和西大寺駅に到着。

創建時の基壇
創建時から残ったものは、持国天が踏む邪鬼と、東塔跡のこの基壇のみ。

(一社)日本金属屋根協会が毎月発行する機関誌「施工と管理」に「銅屋根クロニクル」を連載させていただいています。この企画は日本の重要な近代建築や寺社建築とその銅屋根を紹介し、板金職人の技と心意気を伝えようというものです。物件と紹介と銅屋根施工のポイントを紹介してゆきます。
バックナンバーはこちら→http://www.kinzoku-yane.or.jp/chronicle/index.html

第30回は わが国で初めて銅板が屋根に葺かれたのはいつ?どこ?という話です。現在のところ最古の記録とされている「西大寺資財流記帳」と、その裏付けとなる旅行記のページをめくってみます。東大寺と並ぶ西大寺の大伽藍、銅瓦葺きの金堂屋根には、シビ、宝珠、鳳凰、獅子ほか多くの飾り金物が金色に輝いたようです。

銅クロ30特別編

(一社)日本金属屋根協会機関誌「施工と管理」№334、2016年1月号より
(※「西大寺資財流記帳」西大寺所蔵(重文)の写真は機関誌掲載のために特別に許可をいただいたので、ウェブ上ではスクリーンをかけています。)

特別編 銅屋根クロニクル-30- 我が国最古の銅板屋根の記録 

(一社)日本金属屋根協会機関誌「施工と管理」№334、2016年1月号より

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20160126-7加工

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2016/01/26(火) 11:20:31|屋根|

「施工と管理」銅屋根クロニクル-31-

金赤の稲荷は今や世界的観光名所

後姿

(一社)日本金属屋根協会が毎月発行する機関誌「施工と管理」に「銅屋根クロニクル」を連載させていただいています。この企画は日本の重要な近代建築や寺社建築とその銅屋根を紹介し、板金職人の技と心意気を伝えようというものです。物件と紹介と銅屋根施工のポイントを紹介してゆきます。

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第31回は京都の伏見稲荷大社。JR稲荷駅、改札を出るとすぐに参道の鳥居が見えます。渡来人であった秦氏。秦の始皇帝の子孫といわれる秦氏が祭祀する社で、創始については諸説あります。

檜皮と銅板屋根。緑青の棟と樋。さらに金の樋が有り難さを引き立てます。

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銅屋根クロニクル 31 伏見稲荷大社(京都府)

(一社)日本金属屋根協会機関誌「施工と管理」№335、2016年2月号より

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2016/03/03(木) 20:51:05|屋根|

「施工と管理」銅屋根クロニクル-32-

参道に並び立つ諸堂は銅屋根ギャラリー

金色堂 P9250185

(一社)日本金属屋根協会が毎月発行する機関誌「施工と管理」に「銅屋根クロニクル」を連載させていただいています。この企画は日本の重要な近代建築や寺社建築とその銅屋根を紹介し、板金職人の技と心意気を伝えようというものです。物件と紹介と銅屋根施工のポイントを紹介してゆきます。
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白山神社能 絵馬

第32回は奥州藤原氏三代ゆかりの寺、世界遺産・中尊寺です。平安時代の美術・工芸・建築の粋を集めた金色堂は確かに素晴らしいですが、それを守ってきた覆い堂、月見坂と呼ばれる参道に並び立つ多くの建物とその銅屋根も見事なものです。

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銅屋根クロニクル 32 中尊寺(岩手県)

(一社)日本金属屋根協会機関誌「施工と管理」№335、2016年3月号より

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2016/04/02(土) 00:55:17|屋根|

「施工と管理」銅屋根クロニクル-33-

京都ルネサンス館の贅沢な桜たち

櫻の中庭

(一社)日本金属屋根協会が毎月発行する機関誌「施工と管理」に「銅屋根クロニクル」を連載させていただいています。この企画は日本の重要な近代建築や寺社建築とその銅屋根を紹介し、板金職人の技と心意気を伝えようというものです。物件と紹介と銅屋根施工のポイントを紹介してゆきます。
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山頂を目指す2匹の蝸牛816

京都府庁の蝸牛P2180718

週刊ウェブマガジン「ルーフネット」の第1号は2010年4月24日号でした。6年前の今日です。この写真は、棟に向かって蝸牛が上っているように見えました。お陰様でもうすぐ300号です。これからも転げ落ちないように、屋根を遊びます。ご支援感謝します。

展示、屋根飾りP2180665

293号の読み物は、重要文化財である京都府庁旧本館の中庭で咲き誇る由緒ある桜と見事な屋根です。

銅屋根クロニクル 33 京都府庁旧本庁舎(京都府)

(一社)日本金属屋根協会機関誌「施工と管理」№335、2016年4月号より

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2016/04/24(日) 22:28:27|屋根|

「施工と管理」銅屋根クロニクル-34-

野太い本瓦棒葺きの屋根に度肝を抜かれる

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(一社)日本金属屋根協会が毎月発行する機関誌「施工と管理」に「銅屋根クロニクル」を連載させていただいています。この企画は日本の重要な近代建築や寺社建築とその銅屋根を紹介し、板金職人の技と心意気を伝えようというものです。物件と紹介と銅屋根施工のポイントを紹介してゆきます。
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448施工と管理2016年5月号 No337

ルーフネット298号の読み物は、筑波山神社の彫りの深い見事な屋根です。迫力のある表現の源は何か。ご覧ください。

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銅屋根クロニクル 34 筑波山神社(茨城県)

(一社)日本金属屋根協会機関誌「施工と管理」№337、2016年5月号より

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2016/06/04(土) 09:09:43|屋根|

「施工と管理」銅屋根クロニクル-35-

博多の祇園山笠はお櫛田さまの祭

0449AM ライブ  
地元のTVは毎年ライブ

注連縄櫛田P2140063
向拝の唐破風に大きなしめ縄

(一社)日本金属屋根協会が毎月発行する機関誌「施工と管理」に「銅屋根クロニクル」を連載させていただいています。この企画は日本の重要な近代建築や寺社建築とその銅屋根を紹介し、板金職人の技と心意気を伝えようというものです。物件と紹介と銅屋根施工のポイントを紹介してゆきます。

バックナンバーはこちら→http://www.kinzoku-yane.or.jp/chronicle/index.html

表紙

ルーフネット302号の読み物は、博多っ子の生活に密着した熱い櫛田神社の屋根です。江戸や京都とは一味違う文化をご覧ください。

銅屋根クロニクル 35 櫛田神社(福岡県・博多)

(一社)日本金属屋根協会機関誌「施工と管理」№338、2016年6月号より

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クロニクル35-1

クロニクル35-2

2016/06/29(水) 13:55:45|屋根|

「施工と管理」銅屋根クロニクル-36-

松と緑青 緑の回廊

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(一社)日本金属屋根協会が毎月発行する機関誌「施工と管理」に「銅屋根クロニクル」を連載させていただいています。この企画は日本の重要な近代建築や寺社建築とその銅屋根を紹介し、板金職人の技と心意気を伝えようというものです。物件と紹介と銅屋根施工のポイントを紹介してゆきます。

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銅クロ36 白山神社表紙

ルーフネット307号の読み物は、「緑青屋根の回廊で、黒松の葉と屋根の緑のグラデーションを愛でる」。湊町新潟が発展する中で、新潟総鎮守として、市民の崇敬を得ている神社です。市役所の傍、白山公園の中に位置し、新潟駅から車で10分、バス市役所前下車徒歩2分。

銅屋根クロニクル 36 白山神社(新潟県)

(一社)日本金属屋根協会機関誌「施工と管理」№339、2016年7・8月号より

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2016/08/04(木) 12:06:07|屋根|

銅クロ「No.21~No.25」をJMRAホームページに掲載

北海道旧本庁舎(No,21)から福岡市赤煉瓦文化館(№25)まで
(一社)日本金属屋根協会のウェブサイトで公開

(一社)日本金属屋根協会が毎月発行する機関誌「施工と管理」に「銅屋根クロニクル」を連載している。この企画は日本の重要な近代建築や寺社建築とその銅屋根を紹介し、板金職人の技と心意気を伝えようというもの。毎月、物件紹介と銅屋根施工の見どころを紹介している。 

同協会は8月29日、機関誌「施工と管理で連載中の写真ルポ「銅屋根クロニクル」のうち、第21回から25回までの5編に関してホームページ上にウェブ版を掲載した。
機関誌「施工と管理」最新号では、銅屋根クロニクルはNo.36 「白山神社(新潟県)」を掲載。これまで掲載した36編を順次デジタル化しており、今回の掲載で25回までを閲覧できるようになった。
http://www.kinzoku-yane.or.jp/chronicle/index.html

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2016/09/06(火) 14:49:09|「銅屋根クロニクル」|

「施工と管理」銅屋根クロニクル-37-

「長崎くんち」の銅屋根神社(長崎)

諏訪 (2)

長崎の氏神「諏訪神社」の秋季大祭が「長崎くんち」です。
寛永11年(1634年)、二人の遊女が諏訪神社神前に「小舞」を奉納したことが長崎くんちの始まりと言われています。以来、長崎奉行の援助もあって年々盛んになり、さらに奉納踊には異国趣味のものが多く取り入れられ、江戸時代より豪華絢爛な祭礼として評判だったそうです。この奉納踊は、国指定重要無形民俗文化財に指定されています。

開催期間>毎年10月7日・8日・9日

ながさきくんちポスター

(一社)日本金属屋根協会が毎月発行する機関誌「施工と管理」に「銅屋根クロニクル」を連載させていただいています。この企画は日本の重要な近代建築や寺社建築とその銅屋根を紹介し、板金職人の技と心意気を伝えようというものです。物件紹介と銅屋根施工のポイントを紹介してゆきます。
バックナンバーはこちら→http://www.kinzoku-yane.or.jp/chronicle/index.html

諏訪 (1)

ルーフネット314号の読み物は、「「長崎くんち」の銅屋根神社(長崎)」。

銅屋根クロニクル 38 諏訪神社(長崎)

(一社)日本金属屋根協会機関誌「施工と管理」№339、2016年9月号より

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左

右 

2016/09/27(火) 18:40:02|屋根|

あの屋根この屋根 に「我が国最古の銅板屋根の記録」を掲載

西大寺法堂都東塔基壇
現在の西大寺

(一社)日本金属屋根協会が毎月発行する機関誌「施工と管理」に「銅屋根クロニクル」を連載させていただいています。この企画は日本の重要な近代建築や寺社建築とその銅屋根を紹介し、板金職人の技と心意気を伝えようというものです。物件と紹介と銅屋根施工のポイントを紹介してゆきます。
バックナンバーはこちら→http://www.kinzoku-yane.or.jp/chronicle/index.html

このほど同協会のホームページの人気コーナー「あの屋根!この屋根!」にわが国最古の銅板屋根の記事が掲載されました。

わが国で初めて銅板が屋根に葺かれたのはいつ?どこ?という話です。現在のところ最古の記録とされている「西大寺資財流記帳」と、その裏付けとなる旅行記のページを辿ります。東大寺と並ぶ西大寺の大伽藍、銅瓦葺きの金堂屋根には、シビ、宝珠、鳳凰、獅子ほか多くの飾り金物が金色に輝いたようです。

スクリーンショット
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2016/09/28(水) 01:00:00|屋根|

「施工と管理」銅屋根クロニクル-38-

神武天皇元年創建 関東最古の大神社

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日本金属屋根協会が毎月発行する機関誌「施工と管理」に「銅屋根クロニクル」を連載させていただいています。この企画は日本の重要な近代建築や寺社建築とその銅屋根を紹介し、板金職人の技と心意気を伝えようというものです。物件と紹介と銅屋根施工のポイントを紹介してゆきます。
バックナンバーはこちら→http://www.kinzoku-yane.or.jp/chronicle/index.html

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ルーフネット320号の読み物は、「神武天皇元年創建 関東最古の大神社」。

鹿島神宮は、古文書では神武天皇元年(紀元前660年)の創建と伝えられている。近代まで「神宮」と呼ばれていたのは、伊勢神宮、香取神宮、そして鹿島神宮の三社のみで、由緒と歴史の長さでは別格の存在。日本全国に約600社ある鹿島神社の総本社である。旅立つ際に道中の無事を鹿島神宮で祈願する「鹿島立ち」の文化も育まれた。
JR鹿島神宮駅より徒歩10分。

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銅屋根クロニクル 38 鹿島神宮(茨木県)

(一社)日本金属屋根協会機関誌「施工と管理」№341、2016年10月号より

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2016/11/09(水) 21:17:18|屋根|

「施工と管理」銅屋根クロニクル-39-

永平寺と並ぶ曹洞宗の大本山

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日本金属屋根協会が毎月発行する機関誌「施工と管理」に「銅屋根クロニクル」を連載させていただいています。この企画は日本の重要な近代建築や寺社建築とその銅屋根を紹介し、板金職人の技と心意気を伝えようというものです。物件と紹介と銅屋根施工のポイントを紹介してゆきます。
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「施工と管理」№342、2016年11月号の「銅屋根クロニクル」は神奈川県の總持寺。

ルーフネット322号の読み物は、「永平寺と並ぶ曹洞宗の大本山・總持寺」の記事を転載させていただきます。

総持寺 瓦
銅板葺きの屋根が多い總持寺の堂宇の中では珍しい瓦葺の紫雲臺。妻飾りが美しい。

總持寺(そうじじ)山号は諸嶽山(しょがくさん)。本尊は釈迦如来で、永平寺と並ぶ曹洞宗大本山。瑩山禅師によって開創され、明治31年まで、石川県鳳至郡門前町にあったが、多くの伽藍が焼失した。明治38年5月、本山貫首となった石川素童禅師が焼失した伽藍を復興、さらに明治44年(1911)、寺基を現在の神奈川県横浜市鶴見区鶴見二丁目に移した。

銅屋根クロニクル 39 總持寺(神奈川県)

(一社)日本金属屋根協会機関誌「施工と管理」№342、2016年11月号より
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2016/11/26(土) 15:35:49|屋根|

「施工と管理」銅屋根クロニクル-40-

「和風」の制約に盛り込まれた洋風の遊び
「京都市美術館」

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銅屋根の美しさ、施工技術のすごさを紹介する「銅屋根クロニクル」の連載、2016年12月号は京都市美術館です。(一社)日本金属屋根協会が発行する月刊機関誌「施工と管理」第343号に掲載されています。

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京都市美術館は昭和8年11月、東京都美術館に次ぐ日本で二番目の大規模公立美術館として設立されました。昭和3年に京都で挙行された天皇即位の大典の記念事業として、関西財界や市民の協力により「大礼記念京都美術館」の名称で開設されたのです。 戦後は一時駐留軍に接収されましたが昭和27年、接収解除により京都市美術館と改称しています。

本館の建築設計は「日本趣味を基調とすること」という条件で公募され、一等に入賞した前田健二郎の設計図案を基に、昭和6年に着工、昭和8年に竣工しました。「日本趣味」という制約の中で、設計者は屋根のあちこちで遊んでいます。

(一社)日本金属屋根協会機関誌「施工と管理」の12月号に、京都市美術館の屋根を紹介させていただきました。

銅屋根クロニクル 40 京都市美術館

(一社)日本金属屋根協会 機関誌「施工と管理」2016年12月号より
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2016/12/31(土) 00:14:55|屋根|

「施工と管理」銅屋根クロニクル-41-

美人山「畝傍(うねび)」を背に広がる昭和神社建築の粋

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日本金属屋根協会が毎月発行する機関誌「施工と管理」に「銅屋根クロニクル」を連載させていただいています。この企画は日本の重要な近代建築や寺社建築とその銅屋根を紹介し、板金職人の技と心意気を伝えようというものです。物件と紹介と銅屋根施工のポイントを紹介してゆきます。
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「施工と管理」№342、2017年2月号の「銅屋根クロニクル」は奈良県の橿原(かしはら)神宮。
ルーフネット335号の読み物は、『美人山「畝傍(うねび)」を背に広がる昭和神社建築の粋 橿原神宮』の記事を転載させていただきます。

昭和14年に完成した外拝殿は、「耳成山と香具山が奪い合った」という優美な畝傍山を背景に、両脇に長い廻廊を連ねた壮大な入母屋造りの建物である。外拝殿の石階段を上ると、正面に内拝殿が見え、その屋根越しに幣殿の千木・鰹木が金色に輝いてそびえている。境内最大の見どころだろう。同神宮の公式HPはこの景観を「昭和の神社建築の粋ともいうべき豪壮さがうかがわれる。八紘一宇(はっこういちう)の大理想をもって国を肇(はじ)められた神武天皇の宏大無辺な御神徳を景仰するに、まことにふさわしい」と紹介している。

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銅屋根クロニクル 41 橿原神宮(奈良県)

(一社)日本金属屋根協会機関誌「施工と管理」№345、2017年2月号より

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2017/02/27(月) 22:41:39|屋根|

「施工と管理」銅屋根クロニクル-42-

多摩の銅屋根ウォッチング隠れスポット

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日本金属屋根協会が毎月発行する機関誌「施工と管理」に「銅屋根クロニクル」を連載させていただいています。この企画は日本の重要な近代建築や寺社建築とその銅屋根を紹介し、板金職人の技と心意気を伝えようというものです。物件と紹介と銅屋根施工のポイントを紹介してゆきます。
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「施工と管理」№346、2017年3月号の「銅屋根クロニクル」は東京都・町田市の妙福寺。
ルーフネット339号の読み物は、「多摩の銅屋根ウォッチング隠れスポット 妙福寺(東京) 屋根の板金技」の記事を転載させていただきます。

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「長祐山妙福寺」は、1391 年、足利将軍が幕府 を開き明と国交を開いた頃開山。身延山久遠寺を総本山とする日蓮宗の日億聖人によって開か れた池上本門寺・鎌倉妙本寺両山の旧末寺。約 5000 坪の境内にある伽藍のほとんどが、東京都 や町田市の有形文化財に指定されている。 この美しい銅版葺きの鐘楼門は、くぐり門形式 のめずらしい建物で、延享 3 年(1746 年)に建立 されたもの

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銅屋根クロニクル 42 妙福寺(東京都)

(一社)日本金属屋根協会機関誌「施工と管理」№346、2017年3月号より

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2017/03/30(木) 13:26:45|屋根|

「施工と管理」銅屋根クロニクル-43-

旧水戸城 唯一の生き残り 薬医門

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旧水戸城の現存する唯一の建造物である薬医門(茨城県指定有形文化財)。
茨城県指定有形文化財第66号。昭和58年3月18日指定。
威厳のある量感たっぷりの城門である。昭和56年、屋根を元の茅葺き屋根の形に戻し、銅板葺きとした。

軒付

茨城県教育委員会の解説によると、建立の時期は構造や,技法から見て、安土・桃山時代。1591~1602年に創建され、徳川氏に引き継がれたものであろうと推定している。

旧水戸城 薬医門

日本金属屋根協会が毎月発行する機関誌「施工と管理」に「銅屋根クロニクル」を連載させていただいています。この企画は日本の重要な近代建築や寺社建築とその銅屋根を紹介し、板金職人の技と心意気を伝えようというものです。物件と紹介と銅屋根施工のポイントを紹介してゆきます。
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銅屋根クロニクル 43 旧水戸城薬医門(茨城県)

(一社)日本金属屋根協会機関誌「施工と管理」№347、2017年4月号より

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2017/04/29(土) 12:40:34| 屋根|

「施工と管理」銅屋根クロニクル-44-

名君 青山忠良が寄進したのは 丹波篠山 花の能舞台

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「春日」を社名に持ち春日神を祭神とする神社は、全国に約1,000社あり、奈良県奈良市の春日大社を総本社とする。今回の春日神社(かすがじんじゃ)は、兵庫県篠山市黒岡75にある神社。奈良の春日大社から分霊された
地元では「おかすがさん」と呼ばれる氏神で、能楽殿では元旦の翁、春の春日能が演じられる。また秋の祭礼(10月第3土・日)では, 笛や鐘の囃子を響かせながら古い町並みを練り歩く4基の神輿、華麗な飾り付けを施された9基の山鉾巡行は京都の祇園祭よりも情緒あるものとして知られている。

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銅クロトップ

日本金属屋根協会が毎月発行する機関誌「施工と管理」に「銅屋根クロニクル」を連載させていただいています。この企画は日本の重要な近代建築や寺社建築とその銅屋根を紹介し、板金職人の技と心意気を伝えようというものです。物件と紹介と銅屋根施工のポイントを紹介してゆきます。
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銅屋根クロニクル 44春日神社(兵庫県)

(一社)日本金属屋根協会機関誌「施工と管理」№349、2017年6号より

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どうくろ44の2

2017/06/30(金) 08:30:05|屋根|

「施工と管理」銅屋根クロニクル-45-

国内で唯一現存する府県会議事堂の遺構
新潟県政記念館

内部議長席より

建物は木造2階建、桟瓦葺き。正面玄関のある中央棟の左右(南北)に大きな切妻屋根の棟を正面に向けた両翼を張り出し、屋上中央に八角塔屋を構えた左右対称の擬洋風建築である。規模は間口が両翼部分を含めて43.7メートル、奥行は北翼(向かって右)が21.9メートル、南翼は14.6メートルである。北翼はもと議場で、2階部分は大部分を吹き抜けとするが、壁に沿った部分にギャラリーを設け、傍聴席としていた。ギャラリーは1階床に立てた鋳鉄製の柱で支えている。南翼は1階が傍聴人控室、2階が議員控室だった。中央棟には廊下に沿って知事室、議長室などの部屋が並ぶ。建物の隅や窓枠を縁取る石貼り(地元産の間瀬石を使用)や、軒周りの垂飾り、棟端の擬宝珠形の妻飾りや破風板の刳形などの意匠に、明治期擬洋風建築の特色がある。小屋組をクイーンポストトラスとし、窓を上げ下げ窓とする点などには西洋の建築技術や様式が取り入れられている。
伝統建築と西洋建築を織り交ぜた典型的な擬洋風建築で、文明開化期の高揚感が感じられる。

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県会議事堂新設を訴えたのは県令(現在の県知事)永山盛輝。1882年(明治15年)5月建設に着手、翌年3月に完成。議事堂庁舎を設計したのは当時の大阪駅などを手掛けた新潟県西蒲原郡出身の大工棟梁・星野総四郎。建設には3万7千円の巨費をかけ、本県出身の新進建築家星野総四郎を起用し設計・監督に当たらせた。
建設場所は、火災の心配がなく、新鮮な空気に富んだ信濃川に臨む河畔の白山公園隣接地を選び、完成した建物は見事な洋風建築で、当時の人々は目を見張ったという。

7、8月号

日本金属屋根協会が毎月発行する機関誌「施工と管理」に「銅屋根クロニクル」を連載させていただいています。この企画は日本の重要な近代建築や寺社建築とその銅屋根を紹介し、板金職人の技と心意気を伝えようというものです。物件と紹介と銅屋根施工のポイントを紹介してゆきます。
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同屋根クロニクル45新潟県政記念館(旧新潟県会議事堂) (新潟県)

(一社)日本金属屋根協会機関誌「施工と管理」№350、2017年7・8月号より

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2017/08/17(木) 23:50:03|屋根|

「施工と管理」銅屋根クロニクル-46-

厳島神社の大鳥居(広島県)
海上から日本三景を望み、日本三鳥居をくぐって、日本三舞台に立つ

500山から鳥居

清盛が創った海上の極楽浄土、その入り口が檜皮と銅板で葺かれた笠木を持つ大鳥居です。この鳥居も日本三鳥居の一つです。
「日本3大〇〇」が大好きな日本人ですから、鳥居にだって、もちろんそれがあります。「日本三鳥居」、「日本三大鳥居」、「日本三大石鳥居」、「日本三大木製鳥居」、「日本三大珍鳥居」などなど。諸説ありますが、「日本三鳥居」で概ね一致するのが、①金峯山寺(きんぷせんじ)蔵王堂の8メートルの銅の鳥居(重要文化財),②宮島・厳島神社・社殿前の海中に建つ楠造りの鳥居(重要文化財、世界遺産)、③大阪四天王寺・参道に建つ日本最古の石の鳥居(重要文化財)のトリオです。その中でも荘厳さにおいて、群を抜くのが、安芸・宮島の大鳥居でしょう。創建は平安時代で、現在の鳥居は平安時代から数えて8代目で明治8年(1875年)7月に完成したものです。

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日本金属屋根協会が毎月発行する機関誌「施工と管理」に「銅屋根クロニクル」を連載させていただいています。この企画は日本の重要な近代建築や寺社建築とその銅屋根を紹介し、板金職人の技と心意気を伝えようというものです。物件と紹介と銅屋根施工のポイントを紹介してゆきます。
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銅屋根クロニクル46 厳島神社の大鳥居(広島県)

(一社)日本金属屋根協会機関誌「施工と管理」№351、2017年9月号より

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2017/10/02(月) 11:15:26|屋根|

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