「今の防水業界がこれでいいのか」「いい仕事をすること、社会的貢献をすることと、防水工事で利益をあげることは両立すべきだ」と考えるあなたに!

2011年 7月1日 号(№53)

2011年 7月1日 号(№53) 新月

2011年 文月ふみづき 平成23年、昭和86年、大正100年、明治144年

画像の説明画像の説明

塩ビシート防水好調。ロンプも300万㎡突破

画像の説明

ロンプルーフ防水事業協組40周年機に320万平米達成
ロンシール工業(星一也社長)が製造する塩ビシート防水「ロンプルーフ」などの責任施工団体である、ロンプルーフ防水事業協同組合(写真・大澤孝至理事長)は6月16日、東京・白金台のシェラトン都ホテル東京で、第41回通常総会を開催した。>>詳しく読む

防水の起源。「燃水祭」カウントダウン

画像の説明

近江神宮のホームページトップに「燃水祭」が出ました。
そして黒川村(現・新潟県胎内市)からも「黒川燃水祭」のお知らせ到着。画はもちろん、小堀鞆音「燃土燃水献上図」。>>詳しく読む

JWMA(日本防水材料協会)が社団法人化後初の総会

画像の説明

6月14日東京・四谷のスクワール麹町で第1期定時総会開催。
「任意団体から、一般社団法人へと発展的改組し、新しい1歩を踏み出した。社会的要求に対して、迅速な対応の図れる組織基盤を充実させ、新年度事業に取り組んでいく」と猪野瀬正明会長(田島ルーフィング相談役)が挨拶した。>>全文を読む

黒川村まで460キロメートル

画像の説明

精度日本一の近江神宮の日時計。その文字盤の周りに刻まれた「黒川村」。
7月1日、新潟県胎内市(黒川村)の献上池で採油された「燃える水」が、7月7日、近江神宮の燃水祭で奉献されます。>>全文を読む

絵日記

画像の説明

新着ニュース

2011/06/27 燃土燃水関連図 その②new
2011/06/26 ウムを言わせぬ、この草屋根の力!new
2011/06/25 哲学堂で森 光作さん(改修技術研究会会長)が絵画展new
2011/06/25 震災被害を受けた建物の修理をどうしたらいいか。追加資料new
2011/06/24 屋上緑化の哲人 ・ F.ヴァッサーの作品も省エネ対策new
2011/06/23 燃土燃水献上関連図new
2011/06/22 東日本大震災 この建物をどう直す?new
2011/06/20 塩ビシート防水好調。ロンプも300万㎡突破
2011/06/19 防水の起源。「燃水祭」カウントダウン
2011/06/17 JWMA(日本防水材料協会)が社団法人化後初の総会
2011/06/15 黒川村まで460キロメートル
2011/06/14 ATS協議会が臨時総会で新体制へ移行
2011/06/13 アーキヤマデ塩ビシート防水でトップシェア
2011/06/11 SONG FOR JAPAN
2011/06/10 全アロン防水組合お薦めウェブマガジン
2011/06/09 T's スタイル 第1号は「岩見沢複合駅舎」特集
2011/06/09 田中享二先生最終講義始まります。
2011/06/08 「燃水祭」の御案内がきました
011/06/07 最近のチタン屋根に関する解りやすい情報
2011/06/06 サンロイドDN シート防水出荷量は20%増
2011/06/03 全防協総会
2011/06/02 Q&A 近江神宮HPトップになぜ防水専門サイトのバナーがあるの?
2011/06/01 上村克郎先生82歳のお話
2011/05/30 日本アス防水協組48回総会
2011/05/27 KRK第42回定時総会 好調続く塩ビは16%増
2011/05/26 菅首相、「太陽光パネル1000万戸に設置」表明 ですって!!
2011/05/26 大震災。即思い出したのは、今泉先生の言葉でした。
2011/05/24「燃える土とはアスファルト」!間もなく近江神宮から燃水祭のご案内
2011/05/21 「震災被害を受けた建物の修復をどうしたらよいか」
2011/05/19 タイル改修の巨大マーケットにどう取り組む?
2011/05/16 7月7日は燃水祭! 防水の起源にかかわる大事なお祭り。
2011/05/16 世界遺産・下鴨神社の屋根の葺き替え
2011/05/14 水路閣の美しくも危険な壁面緑化
2011/05/13 ルーフネットの注目論文 その2 (2011年日本建築学会奨励賞)
2011/05/11 歴史画家・小堀鞆音(こぼりともと)について
2011/05/10 「燃土燃水献上図(小堀鞆音画)」とは

 :
以前の更新情報はこちらをクリック!


最終講義②-2

防水研究の第一人者。
東京工業大学田中享二名誉教授の最終講義。第3回目です。
最終講義「防水に関わる2・3の話題と研究から学んだこと」から

最終講義当日、先生のこの言葉 は、参加した人達ほとんどが、覚えていました。

 「数式を作って研究していましたから、天気を見ただけで、今日は材料がこれ位劣化するぞということが、感覚的に分かるようになりました。研究開始時は、材料が向こう側にいて、私はこちら側にいましたけれども、最後の頃は気持ちが材料に乗り移り、私と材料との分け隔てがなくなりました。ですから、建築材料研究は材料と一体にならなければならない。こういうことをこの研究が教えてくれました。」

第3回目

画像の説明

画像の説明

 さて研究の話題に入らせていただきます。研究は卒論として防水層の耐候性のテーマをいただきました。本日お集まりいただいた方は防水分野以外の方も多いと思いますので、最初に防水層とは何かをお話したいと思います。どんな建物でも、特にフラットルーフの場合には、雨合羽を建物にかぶせます。我々が屋上に上がった時は、だいたいはコンクリートが打たれていますので、この雨合羽が見えませんので気付かないと思いますけれども、押さえのコンクリートの下には、このような防水層がきちっと敷設されています。
 私が卒論のための研究を始めたのは昭和43年ですが、その頃の防水の主流はアスファルト防水でした。これはアスファルトを熱で溶かし、ルーフィングというシート状のものを張ってゆく工法です。安全性と耐久性を高めるために、厚さが1センチ位になるまで、何層も塗り重ねるというのが特徴です。
 その頃はまた、我が国の高分子化学工業が急成長した時代でした。新しい材料がつぎつぎと建築分野に使われ始めました。高分子材料メーカーの方は、建築は材料を大量に使いますから、売れたら大儲けできると思って、かなりの人は失敗したのですけれども(会場笑)、沢山参入してきました。その時小池先生は、そういう新しい防水材料は、性能は確かに良いのだけれども、使用実績が全くありませんから、どのくらい長持ちするかが分からないと考えられて、耐候性の研究をしようと決心されたのだと思います。そして私はそのテーマをいただき、研究の手ほどきを受けたわけです。
 研究といっても、卒論の頃はたいしたものではありません。屋外暴露試験のための試験体作りでした。今日も来て下さっている日新工業の関原さんに教えていただきながら、実際は迷惑をかけながら、試験体をひたすら作り、暴露しました。その後東工大に来ることになり、防水材料の耐久性研究をそのまま続けました。次の暴露試験を筑波でやったり、大岡山にあった昔の研究所の屋上でやりました。最近は仲間も増え、大掛かりな暴露試験もできるようになりました。これは私にとっては最後の暴露試験になるのですが、2002年から大規模な暴露試験を旭川、銚子、宮古島で行っています。いつ終わらせるかが重要なのですが、私の希望としては、30年位は続けたいと思っています。ですからこのスライドには、大胆にも、試験の終了は2032年8月と書いてあります。その頃は、もうこの世にいないと思いますが、幸いこの委員会には若い方もメンバーとしてたくさん参画してくださっていますので、多分できると思っています。防水のためにぜひ頑張ってほしいと思います。

画像の説明

画像の説明

 さて、昭和43年から始めた最初の暴露試験ですが、これは私が作った試験体ですけれども、北海道大学の建築学科建物の屋上と東京のある会社の工場敷地の一部をお借りして、暴露しました。これは北大です。後ろの建物が邪魔をしていますが、これがなければポプラ並木を一望できます。

画像の説明

 そして次の暴露試験は、筑波の建築研究所の屋外暴露試験場をお借りしました。今の本館の出来る前の頃で、周りは栗林でした。この時は、大濱嘉彦先生や楡木尭先生に大変お世話になりました。
 研究が進みますと、現地で紫外線量を測ったり、材料温度を測ったりということが必要になってまいります。そのような測定はやはり自分のそばでやらないと管理ができません。そのため最後は研究所の屋上で実施しました。

画像の説明

 これがその写真です。後ろに奥沢・自由が丘方面が写っていますが、わたしにとっては懐かしい写真です。そして手前が測定装置で、紫外線量や防水材料の温度を15分きざみで、数年間測り続けました。
 こういう暴露試験をやりながら、同時に促進試験をやります。促進試験というのは、例えば材料を10年使うとすれば、10年間材料を屋外に置いて、そのデータを使うのが一番間違いはないのですが、時間が掛かりすぎるので、強い負荷を与えて短時間でどうなるかを調べるという試験です。
 防水材料は有機材料ですので、基本的には紫外線と熱が影響します。そのための促進試験機としてはウェザーメーターという機械を使いますが、当時は、例えば100時間運転したら1年分に相当するので、10年後は1000時間運転しなさい、とその位しか指示がありませんでした。
 東工大は非常に数学と物理に強い人が多く、そういう方の影響もあり、劣化を何とか数式化できないかと考えたわけです。数式には材料固有の係数がありますので、それを求める必要があります。そのためには負荷強度を変えた実験が必要となります。その中で、温度を変えるのは簡単ですが、紫外線強度を変えるのは結構大変です。
 そこで紫外線強度を変えるためにはどうすればよいかを、いろいろ考えました。光の強度は距離の二乗に反比例します。悩んだわりには結論は簡単で、光源からの距離を変えるというコンセプトでこのスライドに示すような試験装置を作りました。

画像の説明

 真ん中にあるのが光源で、太陽光に相当するものです。結局直径8m位のものを作ってしまいました。当時の研究室の実験室は、そんなに広くありませんでしたから、この装置が室のほとんどを占めてしまい、他の実験に支障をきたし、他の方には大変迷惑をかけてしまいました。

画像の説明

 その結果このような式を作ることができました。そしてこの式が妥当かどうかを、先ほどの暴露試験結果と照らし合わせてみました。これが結果です。

画像の説明 画像の説明

 縦軸が物理量の変化、横軸は暴露時間、材料はゴムシートです。ゴムシートは一般に耐候性にすぐれていますので、変化は非常に少なく、計算結果もそのような傾向でした。
 次は透明な塩ビシートです。防水材料にはあまり透明な材料は使いませんけれど、ビニールハウスなどでは透明塩ビシートをよく使いますので、サンプルに加えました。実線が暴露試験結果で、破線が先ほどの数式を使って予測計算したものです。ぴったりとは合っていませんが、建築材料学はやや大雑把ですので、この位でまあいいやということで、ドクター論文をまとめさせていただきました(会場笑)。
 自分としては結構良い仕事をしたつもりだったのですが、この成果はあまり使われませんでした。当時は、こんなに一所懸命良い成果を出したのに、どうして使ってくれないのかと思いましたが、今ではその理由がよくわかります。この式を見てわかりますように、決めなければならない係数の数が、非常に多いのです。まずnです。これは見かけの反応次数です。次が活性化エネルギーに関する係数Blhです。ラージDとスモールaは材料固有の係数です。つまりこの式を作るためには係数を四つ決めなければならない。そのためには、まず先ほどの試験装置が必要ですし、時間もかかり相当マニアックにやらなければできません。そんな大変なことが実務でできるはずはないのです。今になれば、そういうことがしみじみと分かりますが、当時は若気の至りというか、そういう風に厳密にやることが良い研究だと思っていました。
 結果的に、この研究成果はあまり使われませんでしたが、この研究を通して学んだことは非常に大きかったです。それは、材料研究は材料と一体にならなければならないといことです。つまり沖縄ですと、材料温度は90℃を超えます。熱劣化が急速に進みます。強い日射も受けます。そうすると紫外線劣化が加速されます。一方北海道では氷点下になります。防水材料は建物の屋上という最前線で、中の人間を守ろうと懸命にがんばっているわけです。

画像の説明

 数式を作って研究していましたから、天気を見ただけで、今日は材料がこれ位劣化するぞということが、感覚的に分かるようになりました。研究開始時は、材料が向こう側にいて、私はこちら側にいましたけれども、最後の頃は気持ちが材料に乗り移り、私と材料との分け隔てがなくなりました。ですから、建築材料研究は材料と一体にならなければならない。こういうことをこの研究が教えてくれました。


「BOUSUIデジタルアーカイブ」防水歴史図書館

画像の説明

我が国の防水の歴史を考察する上でどうしても欠かすことのできない文献が何冊かあります。
防水歴史図書館(BOUSUIデジタルアーカイブ)では、そんな文献を1冊ずつ選び、本が書かれた当時の様子、おもな内容、その本のどこが「すごい」のか、現在生きる人たちにとって、どんな価値があるのか、それぞれの資料を担当するキュレーターが、時には執筆関係者への取材を交えて、分かりやすく解説します。

  • 主な収録項目

本サイトの内容の無断転載、および無断利用を禁じます。

powered by Quick Homepage Maker 4.8
based on PukiWiki 1.4.7 License is GPL. QHM

最新の更新 RSS  Valid XHTML 1.0 Transitional